まんとみだより vol.39

戦火の報道に重なる81年前の3月10日

今はまんとみ幼稚園と堅川第一公園があるところに、81年前には萬富材木店がありました。 まんとみ幼稚園創設者の近藤千恵子は萬富材木店で家族と暮らしていましたが、戦争が激しくなって一亀小学校を離れ、疎開していたそうです。3月10日の東京大空襲の時には亀戸にいなかった近藤ですが、焼け野原になった様子を何度も語っていました。亀戸一帯の家屋は全て焼け落ちて見渡す限り何も無くなっていたこと、沢山の人が猛火から逃れて貨物鉄道の土手に張り付いていたこと、堅川の水面が飛び込んだ人でいっぱいだったこと、京葉道路に馬が倒れたままだったこと。その後、材木店を閉じて敷地の一部を江東区の公園に寄付したのは、地域の防災に役立てたい思いだったと聞いています。日常の暮らしが破壊され、猛火に追われ、逃げ場を求めた人々のことを思うと、今現在も同じように戦火の中にいる他国の人々と重なります。戦争の終息と人々の安寧を祈るとともに、この先、日本が同じ道へ向かうことが無いように、大切に育てている愛おしい子ども達が巻き込まれることのないように、と願う気持ちが強くなるばかりです。  理事長  浅田裕子

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